2010年10月23日

地元の大学 〜 神戸大

 地元の大学…神戸大学は同じ神戸市内ですが、自宅の
垂水区から離れていますし、職場からもちょっと離れて
います。出身大学でもないので、普段はご縁がなくて、
キャンパスに行くことも稀です。

 神戸大にはしんだい(神大)という略称もありますが、
全国的には信大(信州大学)や新大(新潟大学)と
かぶるので、また、じんだい(神大・神奈川大)
とも字面でかぶります。

 神戸大がある辺りは、菟原郡(うばらのこおり)
と呼ばれていた処で、灘五郷を見下ろす六甲山の麓に
あたります。

 六甲台キャンパスの辺りは明治元年の神戸町の発足、
明治12年の神戸区の発足、そして明治22年の市制施行
による神戸市の発足とも無縁でした。神戸大がある辺りは
菟原郡から明治29年に武庫郡となり、神戸市に編入
されたのは昭和時代に入ってからです。

 神戸の原風景は、生田川の西、湊川や和田岬、そして
長田の辺りになります。六甲台の辺りは昭和に入って
神戸に編入した西灘(灘五郷の西半分)の北に広がる
山の麓から始まり、神戸の新興住宅地となった場所です。

 ちなみに神戸大の前身・神戸高商設立時は、神戸市
葺合町(現神戸市中央区)だったので神戸大発足時は
神戸市内であり、現在の六甲台キャンパスに移転した
のも、この辺りが神戸市に編入された後なので神戸大は
ずっと神戸市内にキャンパスがあったことになります。




 国際文化学研究科(国際文化学部の大学院)主催の
公開講座に参加するため、先週の土曜と今日の2週続けて
神戸大のキャンパスを訪れました。

 今日、JR六甲道でバスに乗ると、研究指導をして頂いていた
恩師の先生とご一緒になりました。神戸大を退職後は、
放送大学の神戸学習センターに勤められておられて、今日も
学生の指導とのことでした。お会いするのは7〜8年ぶり
です。



 神戸大の象徴は、有形文化財にもなっている六甲台本館、
経済学部の建物になるのでしょうか…



 重厚な雰囲気の古い建物に、最近ご無沙汰していますので、
ちょっとレトロな感じに浸ってしまいました。



 経済、経営、法学部がある六甲台第1キャンパスから
国際文化学部のあるキャンパスに行く近道の急な階段です。
この下が、ちょうど馬場の処になります。



 馬場の北側にはバイクがずらり…ちょっと圧巻です。



 そして馬場…



 国際文化学部は元の教養学部、今でも全学の共通科目は、
この国際文化学部があるキャンパスで開講されることが
多いそうです。キャンパスの入り口は立て看板がぎっしり…



 今日は土曜なのに、国際文化学部の食堂が営業して
いました。昼食は学食で…



 公開講座は、国際文化学部の建物の屋の方です。



 今年度の公開講座のテーマは「文化としての宗教」、
サブテーマが「現代における聖なるものの可能性」です。



 先週が「遠藤周作のキリスト教」と「ニュートンの予言
ノストラダムスの予言」の2つの講義でした。

 そして今日は「アフリカの死霊・怨霊・呪詛・祟りの観念と霊媒」
と「幽霊の誕生」の2つの講義です。
 


 アフリカで12年以上定点フィールドワークをされた体験からの講義、
実際に霊媒の時に使う道具を教室の参加者に回していました。



 フィールドワークからの実体験の話は、興味深くて、時間の経つのも
忘れるように聞き入ってしまいました。 



 講義の後に、教壇に置いてた霊媒の時に使う道具を、展示物のように
参加者の方々が取り囲んでいました。



 幽霊の話は、ドイツ文学がご専門の先生が、主にドイツの幽霊に
ついての話でした。



 先週と今日と、併せて6時間ぐらいお世話になった教室の椅子です。
座ると体重で椅子になりますが、荷物を載せたぐらいでは閉じたまま、
ちょっと座りにくかったです。 



 行きはJR六甲道からバスで六甲キャンパスに来ましたが、帰りは
工学部を通って、徒歩で阪急六甲まで。「うりぼーロード」という
遊歩道ができていました。



 うりぼーとは子どもの猪のことです。この辺りは
六甲山から猪が街に出現する処でもあります。



 そして工学部本部前附近の光景です。



 神大会館からの神戸の市街地の風景です。



 坂を下って、阪急六甲駅に辿り着いた頃には、ちょっと薄暗く
なっていました。









posted by student at 21:10| 日記