2010年04月10日

大阪都構想と三都

 元々大阪という地名は、摂津国・東成郡生玉郷にあった
地名「大坂」(おさか)が由来のようで、ここに蓮如が
大坂御坊(後の石山本願寺)を建立し、その後本願寺の
本山となって、秀吉が跡地に大坂城を築いたことによって
その城下に大規模な町が栄えて、その城下町の大きな
看板の名前となった経緯があるようです。そして市町村の
名前にとどまらず、都道府県の地方自治体の名前となって、
広域な地域を指し示すようになりました。


  現在では、当時の郡名「東成」が大阪市の区名となって、
「生玉」は隣接する天王寺区の町名として、また大坂御坊
のあった場所は中央区大阪城という住居表示になって
います。旧国名の「摂津」は、大阪市と隣接する摂津市
として残っています。当時の摂津国・東成郡・生玉郷、
その中に大坂という地名があったという階層が、現在では
大阪が府名及び市名としてもっとも広域の地名となって
います。

 …私にとって大阪という地名は、キタの梅田やミナミの
難波・心斎橋辺り、或いは大阪城、中之島の光景を思い
描いてしまいます。大阪府ではなくて大阪市ですね!
和泉、河内、摂津と言う旧国名の方が、私にとっては
大阪府のイメージに近いような気がします。


 大阪都構想…東京都制の施行によって、東京府と東京市が
統合して東京都が設置されたことをモデルにして、大阪府と
大阪市が統合して大阪都を設置する構想のようです。実際には
現在の大阪市だけではなくて堺市、豊中、吹田等10市も
大阪市と共に大阪府と統合して区部になるようで、都区部は
かなり広大になるようです。



 都…このことばは、宮殿がある場所・宮処(みやどころ)が
語源のようです。天皇の宮殿がある(あった)場所や首都、
あるいはもっと一般に都市を形容する通称として使われる
こともあることば…

都「みやこ」といえば、私は奈良と京都を思い浮かべます。
そして都「と」と読めば東京でしょうか?東京都といえば
旧東京府の広域な行政区域と結びつきますが、ただ「東京」
と言われれば、旧東京市の中の、更に下町や山の手の街
だけを思い描いてしまいます。江戸の町と武家屋敷があった
周辺ということになるのでしょうか?



 三都(さんと)ということばもあります。江戸期の京都、
大阪、そして江戸の町を指し示すことばであり、明治期以降の
3府である東京府、京都府、大阪府を指すことば。

 現在、三都と言えば、三大都市圏の中心地である東京、大阪、
名古屋を指し示すことばでもあり、また、関西では京阪神
(京都、大阪、神戸)を指し示すことばとしても使われて
います。



 現在は市制によって大きな町は「市」となっていますが、
明治11年の郡区町村制では、大きな町は「区」となると
同時に東京、大阪、京都の三都は勅令指定都市に指定されて
東京は15区、大阪は3区、京都は2区と、1都市に複数の区を
置いたのが現在の政令指定都市の区の発端です。

 東京では都制によって市がなくなった後に35の区が
残って、その後再編されて現在の23の特別区となります。 



 都制とは趣を異にするのが「特別市」制です。昭和22年の
地方自治法には「特別市」の規定が盛り込まれていました。
大都市を都道府県の区域外とするもの、つまり都道府県から
独立した都市です。実際には特別市は誕生せぬまま、都道府県の
階層の下に政令指定都市が置く制度に落ち着いて現在に至って
います。韓国ではソウルが特別市ですし、中国では北京、重慶、
上海、天津が直轄市となっています。ドイツではベルリン、
ハンブルク、ブレーメンが都市州です。
 ただアメリカのワシントンD.C.は特別市とも、また趣を異と
する制度のようです。ワシントンD.C.と合衆国連邦政府との
関係は、むしろ東京都制との間にアナロジーを感じるの
ですが、私には実感としてわかりにくいです。

 道州制の構想や導入議論も根強いですが、都府県を廃して
州を設置する道州制と、大阪府が目指している都制とは相容れ
ないような気がします。



 土曜日の夕食前のひととき、大阪都構想についての記事に
触れて、「町って何?」と改めて考えさせられました。そして
自分の住む町(市町村)そして国家というのはわかりやすい
ですが、「都道府県って何?」とも考えさせられました。
posted by student at 18:50| 日記