2010年02月15日

古い垂水の面影

 神戸の西の端の垂水区は、江戸時代からの明石郡の
旧村である塩屋、下畑、東垂水、西垂水、東名、西名、
滑、中山、奥畑、山田、多聞の各村が明治22年の町村制の
実施によって合併してできた垂水村が、ほぼそのままです。

 明治22年までは、海神社を境に西が西垂水村で、東が
東垂水村になります。今でも秋の海神社のお祭りに、
その名残を見ることができます。

 明治20年頃の垂水の地図を見ると、垂水から東名、
西名、滑、中山、奥畑を経て、鉢伏山の北を廻って
摂津の国・ 八部郡の須磨村や林田村へ至る脇街道が
あります。概ね今の県道488号線長坂垂水線に重なる
のですが、鉄道の開通前の明治20年頃の地図では、
海神社と天神川(現在の商大筋)の中間辺りの
西国街道から北に分かれています。

 現在に、その当時の名谷への街道を探ると・・・
旧・垂水警察署の西側の県道200号(垂水停車場線)
を北上して垂水駅を抜けてトーホーの前を通って、
天の下郵便局の西の細い路地のような道が、どうも
その名残のようです。

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 自転車の通行もままならない路地のような道ですが、
ここを更に北に進むと青木禅寺の辺り・・・

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 この辺りから垂水カトリック教会の北辺り〜瑞ヶ丘
八幡神社辺りで、現在の県道488号線に至ります。

 青木禅寺の辺りは軽自動車がやっと通れるような
細い道が東西を貫いています。

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 この道を東に抜けると・・・県道488号線に出ます。
私のご贔屓の増田屋本店辺り。

 今は駅前再開発で、垂水東口の区役所前に大きな
バスターミナルがありますが、昭和時代には、増田屋
本店の前の辺りの石垣沿いにバス停留所が並んで
いました。

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 この南側には垂水小学校があります。明治26年4月
には、児童数4300人、クラス数76、教員110人の
日本一のマンモス校だった時代があります。教室不足で
2部制授業だったそうです。翌年には高丸小学校と霞ヶ丘
小学校が出来てマンモス校は解消・・・

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 垂水小学校の南に再開発ビルとバスターミナル
そして区役所がありJR垂水駅の東口と続きます。
垂水小学校の西は、垂水センター街のアーケード
があります。

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 もうすぐイカナゴの解禁で、この中の何軒かの
魚屋さんの前には、イカナゴの行列が・・・

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 ちから餅という老舗のうどん屋さんです。コシのある
讃岐うどんとは違って、昔ながらの関西風の柔らかい麺
と甘いだし汁のうどんです。

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 垂水で古くからある喫茶店ブラジルです。ここには
10年ぐらい、入ったことがありません。

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 垂水の街は・・・古くからの街並みと、駅の東西にできた
再開発のビル、そして国道の南のマリンピア神戸・・・
幾つかの貌を持った街になってしまいました。
posted by student at 21:00| 日記